愛知県岡崎市にある「介護福祉士が営む沖縄そばとゆんたくのお店」ちばる食堂。
ちばる食堂で働く店員さんは認知症と診断されたおじいちゃんおばあちゃん。
店主である市川さんは20年近く介護福祉士として介護現場で働き、そのあとちばる食堂を始めたとのこと。
認知症の方が働くと言えば、「注文を間違える料理店」が有名です。
「注文を間違える料理店」はメディアにも多く取り上げられ、認知症とともに生きる方が活き活きと働く姿は、介護関係者だけでなく広く一般にも認知症のイメージや認知症の方との関わり方を再度考えるとても良いきっかけとなりました。
さらにその活動は日本全国に広がり、海外までも知られるようになりました。
その「注文を間違える料理店」ですが、数日間のイベントとして開催されており、ムーヴメントとしてはとても良いきっかけになりましたが、日常に戻った時に「注文を間違える料理店」で感じたことをどう活かしていくかが課題だと感じていました。
イベントとしては大成功ですが、次に必要なのは「注文を間違える料理店」のような場所が認知症の方の居場所として日常にたくさん存在し続けることです。
ですが、言葉で言う程簡単ではなく、介護保険や医療保険から離れたところで一つの事業として存続させていくのは相当難しいのだろうと想像ができます。
そんな中、文字通り「注文を間違える料理店」を本当にいち料理店として経営している「ちばる食堂」のことを知りました。
そんなちばる食堂では、認知症の方が働くためにいったいどんな仕組みや工夫、配慮がされているのか、実際にお店に行きお店の仕組みをしっかりと見てこようと意気込んでお店にお伺いしました。
「認知症の人が働くことができる場所は、いったいどんなすごい仕掛けがあるんだろう」とワクワクしながらちばる食堂に入り、そこで働く店員さんや市川さんを見た時、自分がいかに認知症の方に対する理解がなかったのかと思い知らされました。
ちばる食堂の中は、「普通」だったのです。
メニューは何種類もあり、セットメニューもある。
オーダーを口頭で伝えると、店員さんがそれをメモする。
そのメモを見ながら市川さんにオーダーを伝える。
その全てが普通だったのです。
その普通さに面を食らっていると、隣のテーブルのオーダーをとった店員さんがカウンターの市川さんにオーダーを伝えていました。
そこでなにやら話をしている様子。
市川さん「飲み物は?」
店員さん「…?」
市川さん「これ違うでしょ」
店員さん「?」
市川さん「そっちのメモ見せて」
店員さん「はい」
市川さん「違うじゃん」
二人 「……爆笑」
そこには「認知症の店員さん」ではなくて「店員さんが認知症」なだけで、その店員さんをひとりの「人」として関り、一緒に働いている、そこには上も下も介護する人される人の関係など一切ない二人がいました。
そして、その人をそのまま受け止めることができる空間がありました。
認知症の人を受け入れるのには特別な何かは必要なく、そのままを「普通」に受け入れることが一番大切。
だけど「普通」でいることが一番難しいことなのかもしれません。
特に介護関係の仕事をしていると「認知症の人」という色眼鏡で見てしまい、その人本来の姿を見ようとしないことが多くあります。
そしてその人の「できること、できないこと」を介護者の都合で決めていく。
それは介護者の本心では「できること=やってもいいこと、できないこと=やられると困ること」かもしれません。
そこにはもう本来のその人は存在せず、介護者の都合で作られた都合のいい「利用者さん」「入所者さん」になっているのです。
普段さんえすでも「利用者さんである前にひとりの人」「認知症の人である前にひとりの人」として接してほしい、とスタッフに伝え自分でもそうしているつもりでした。
ですが、「認知症の人が働くことができる場所は、いったいどんなすごい仕掛けがあるんだろう」と考えていた時点で、自分も「認知症の人は働くことができない」という間違ったフィルターを通して見ていたのです。
認知症の人が働くために必要な仕掛けなどない。強いて言えば認知症の人本人ではなく周りの人次第だということをちばる食堂に気付かせてもらうことができました。
そんなことを色々と考えながら店内をジロジロ見回していると、店員さんが隣のテーブルにそばを運んでいきました。
そして隣のテーブルのお客さんと何かお話をし、そのままこちらのテーブルへやってきて「お待たせしました」と沖縄そばを持ってきてくれました。
そのあと店員さんが「すいません。間違えました。」と一言。
「ありがとうございます」
自然と笑顔で店員さんに伝えることができました。
その後、市川さんの話を聞きたいと思い無理を言ってお時間をとってもらいお話をさせて頂く機会を頂きました。
そこでは、ちばる食堂を始める前に老健で働いていた時の話やその時に抱いていた介護に対する思い、「注文を間違える料理店」の話、ちばる食堂を通して見ているもっと先の世界など、たくさんの話を聞かせて頂きました。
話をしていて感じたのは、市川さん自身が認知症だけでなく障害をもっている人や子供、どんな人や物事に対してもフラットで先入観なく関りを持っている人なんだなということでした。
それは「介護業界を」とか「認知症を」ということに固執しているわけでもなく、目の前の「この人は」とか、ふと頭に浮かぶ「こんなことできたらな」というとてもシンプルで真っすぐな思いを持っているように感じました。
色々な先入観や思い込み、誰が決めたかわからないルールにとらわれないからこそ、市川さんの周りでは色んな人がひとりの人として輝くことができているんだなと思います。
もちろん表には出さずとも色々な悩みや迷いがあるんだと思います。
それでも毎日葛藤しながら、前に前に進んでいる姿にとても力を頂きました。
市川さん、忙しい中お時間をとって頂き本当にありがとうございました。
野村