花の苗を選んでいる高齢男性
2022年5月5日 6:06 pm

あるご利用者さんのご自宅の庭には、立派な木が植えてあったりいくつかのプランターに花が咲いていました。

 

ご利用者さんの奥さんに話を聞くと、昔ご利用者さんが花を育てるのが大好きで、仕事から帰ってきたら寝る時間も惜しんで花の手入れや植え替えなどをしていたそうです。

脚立にのぼり木の剪定も自分でやっていたとのことでした。

「今では草むしりさえやってくれないけど」と奥さんが笑いながら教えてくれました。

 

 

そのご利用者さんはとても穏やかで仕事に真面目な方ですが、最近徐々に認知機能の低下から仕事をしていた頃の自分と今の自分が行ったり来たりしてしまい、日常生活でも困ってしまうことが増えてきていました。

 

そんな中、その大好きだった花を通じて、仕事や好きなことに熱中していた頃の充実した気持ちを少しでも感じてもらえるような個別活動を提供したいと思いました。

 

 

そこで、奥さんから昔行きつけだったスーパーを聞き、スタッフと一緒にそのスーパーに花の苗を買いに行きました。

 

スーパーに着くと「来たことがない」とご利用者さん。

 

一瞬不安がよぎりますが、花の苗がある場所まですすむと慣れた様子でしゃがんで苗をのぞき込んだり、しっかり花の色を考えながら苗を選んでいます。

 

ホームセンターで花の苗を選んでいる高齢男性

 

そして3種類の花の苗を買い、帰りに別のお店で土を買ってさんえすに戻りました。

 

その日の午後、スタッフと一緒にプランターに苗を植えました。

 

プランターに土を入れている高齢男性

 

用意した椅子にも座らず、膝をついてプランターへ土と石を入れ

 

「半分まで土を入れてから苗を入れるんだ」

 

「あとから空いたところに土をいっぱいに被せるんだよ」

 

「水をあげると土が沈んでいくから、土はいっぱいに入れておけばいい」

 

とスタッフに教えながら慣れた手つきで苗を植えていきます。

 

プランターに花を植えている高齢男性

 

苗を植えているご利用者さんを見て、改めて認知症に負けない人間の力、人間のたくましさを感じました。

 

認知症の症状がすすみ、日常生活動作に支障が出てきて生きづらくなってしまう人はたくさんいます。

ですが、認知症だから全て「できない」わけではないのです。

 

人間は、今まで何十年と生きてきた人生で得てきた喜びや気持ちや能力を、認知症になったからと言ってそんなに簡単に全て失ってしまうほど弱くないのです。

 

それどころか本人が「知らない」「忘れた」ことでも、本人の身体は覚えているのです。

 

 

一般的に認知症の症状としてよく言われるのが「物忘れ」です。

昨日何を食べたとか、仕事は何をしていたとか、子供の名前、孫の名前など、忘れていってしまうものはたくさんあります。

 

認知症の中核症状としての物忘れ=記憶障害は、脳の海馬という部分の障害により、記憶力が低下するとされています。

ただ、すべての記憶力が低下するわけではなく、忘れやすいもの、忘れにくいものがあります。

 

一般的に短期記憶は忘れやすく、長期記憶は残りやすいと言われています。

残りやすい長期記憶には、意味記憶(物の名前など)、エピソード記憶(出来事など)、手続き記憶(動作)などがあります。

 

さんえすの個別活動で活かすのは「手続き記憶」です。

つまり、ご利用者さんが昔やっていた仕事や趣味、家事や得意なことなどです。

ご利用者さん本人に仕事や趣味の話を聞いても忘れてしまっているかもしれません。ですが、実際に目にしたり手にしたり取り組んでみると、身体はしっかり覚えていることがあるのです。

 

この身体に残っている記憶=力を活かして、ご利用者さんの中にある前向きに生きるために必要なモチベーションを引き出していくことが個別活動の目的です。

 

 

これから、このご利用者さんにとって花を育てていく個別活動がどのような影響を与えていくのかはわかりません。

もしからしたら花を育てていくことも難しくなっていくかもしれません。

 

それでも、花に触れた時、身体が自然に動いていた時、ご利用者さんの中には花を育てることに熱中していたあの頃のご利用者さんが間違いなくいたのです。

 

プランターに花を植えている高齢男性

 

さんえすをはじめ、デイサービスや介護施設でご利用者さんや入居者さんのケアをする際、「これができなくなった」「これはできないだろう」とご利用者さんの可能性を周りが制限してしまうことがよくあります。

 

ですが、それではご利用者さんが「できないこと」を増やしていくだけです。

 

私たちの仕事は、ご利用者さんや入居者さんの能力を引き出すことです。

そのために、ご利用者さんに合った活動や環境を作ることが仕事です。

 

もちろん、それでもできないこともたくさんありますが、何でも試してみることが大切だと思います。

そして、ご利用者さんの力を信じてしっかりと見守りましょう。

 

「大丈夫、身体が覚えてる」

 

 

野村

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